長崎原爆の日と昭和天皇の秘宿

こんにちは、木龍です。


今日8月9日は長崎に原爆が投下された日です。


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1945年の今日8月9日、広島方原爆の1.5倍の威力を持った原爆(プルトニウム239)通称”ファットマン”を抱えたアメリカ軍機(ボックスカー)が第一目標の地小倉市(現北九州市)上空にあらわれました。

しかし、前日の八幡市空襲の残煙による視界不良や、日本軍の攻撃を受け、小倉爆撃を断念、第二目標の長崎へと向かいます。

やはり雲が厚く視界不良でしたが、午前11時2分わずかな雲の切れ目から目標の市街地が見えたとして原爆を投下しました。

その威力はすさまじいもので、遠く200㎞離れた大分県中津市からもキノコ雲が見えたという記録が残っています。

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ただ、周囲が山で囲まれた地形のため熱線や爆風が遮られたため被害が軽減されたということです。それでも1945年12月時点で約74000人もの死者が確認された大被害なのです。もちろん負傷者や放射能による後遺症によって亡くなられて方は含まれていません。


さて、運命学をみたときに、これだけの方々がみなさん悪い運命の日だったということになるのでしょうか?


当然そんなことはありませんよね。


1945年8月9日が大吉運だった方もいらっしゃったはずです。



そこで「戦争」というものを考えたとき、
戦争はあくまでも政治手段の一つです。

したがって、戦時下とはいえ許されることと許されざることがあります。


上の記述からもわかるとおり、原爆の投下というのは絶対に許されざることです。

つまり戦争という政治手段を逸脱している状態です。


しかし、あくまでも政治手段ということであれば、
当時の日本国の代表の運命こそ大事だといえます。


そこで昭和天皇の宿曜の秘宿をみてみることにしましょう。


1901年4月29日翼宿のお生まれです。

まずアメリカとの開戦1940年12月8日昴宿。
何事も積極的にしてはいけない凶の日『胎宿』です。

しかもこの時のハワイは昭和天皇にとって『五黄殺』の凶方位です。


昭和20年には8月9日以外にも大きなポイントとなる日がありました。
東京大空襲、沖縄戦開始、広島原爆の日、終戦の日です。

東京大空襲は、3月10日虚宿、昭和天皇にとっては暗黒日でした。

沖縄戦開始は3月26日とされますから翼宿で宿曜の秘宿は『命宿』、
この日のことはのちに決定的な影響が出やすいという日です。
本人にとって運命を決めることが起こりやすく吉凶でいえば凶7分という日なのです。


広島に原爆が投下されたのは8月6日柳宿です。
昭和天皇の秘宿は『壊宿』、まさに「凶」の日です。

そして、8月9日長崎に原爆が投下されました。
この日は『翼宿』であり、『命宿』でした。



最後に8月15日終戦の日です。

心宿の日、宿曜の秘宿は『壊宿』でした。



また、この年1945年は昭和天皇は空亡の年ですから
吉凶の影響を強く受けやすい年だったことも忘れてはなりません。


以前平成の大震災と今上陛下の秘宿についてみたことがありました

この時は自然災害でしたが、戦争時においても天皇陛下の秘宿が強く影響していることがわかります。



なお、北九州市では、戦後当時の第一目標が長崎ではなく小倉であったことがわかると祈念碑を建て、長崎市から贈られた「長崎の鐘」もその隣におかれ、毎年8月9日に原爆犠牲者慰霊平和祈念式典を行っています。

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